※勇者さん連れ出してみた 生きる 母は花が好きだった。 いや、母ではない、隣の家の女性だったかも知れない。総じて女性というものは美しくて愛らしく、良い香りのするものを好む。色鮮やかで華やかで、ときに心のよりどころともなるものを嬉々として抱え込み、いつまでも同じ姿が保たれるように懸命に世話をする。 だがしかし花の一生は儚いもので、彼女たちがいくら心を砕いて世話をしたところでやがて色あせてしぼんで枯れては落ちる。 仕方がないのだ。それが世の理。神様が決めたこと。逆らってはいけない。 再会したところは獄中であった。冷たい柵の向こう側で、困った顔をしながら笑う彼を見てため息をついた。どうしてそんなところにいるんですか、本当に牢獄フェチなんですか。こんなにまぁ好き放題、お札なんか貼られちゃって。相当に呆れた顔をしているはずなのに、それでも情けなく笑う元相棒の姿を見てこめかみが痛くなった。 「勇者さんって花好きでしたっけ。」 「え?いや別に。でもまぁ綺麗だとは思うよ。」 「はぁ…そうですか。」 怒りもそこそこあった。失望と落胆と嘲笑も、いくらか。でも目の前の勇者さんの目を見れば納得するというものだ。だってこの人は世界がどう変わったところでこのまんま、ずっと愚かで優しい、偽善者だ。 「気持ち良いですか。」 「何が。」 「そうやって、世界のために自分を犠牲にすることは。」 「…嫌なこと聞くなぁ。」 薄暗い中できらりと二つの目が光った。出会ったばかりの彼であったならばどうだろう。あのときの彼だったならば、世界のために、あるいは自分のために。確かに純粋な想いでその身を捧げただろう。でも勇者さん貴方、実は良い性格してるでしょう。自己犠牲、楽しかったですか? 「あのですね、勇者さん。例えその花がどんなに美しく、どんなに色鮮やかで、どんなに愛らしい花をたくさんつけたとしても、その花は枯れるべきなんですよ。枯れて良いんです。」 「うん、そうだね。」 「というか、そんなことくらいわかっているでしょう。」 「…それでもボクはこの花を枯らせたくはないな。」 まぁそりゃあさ、自己犠牲、っていうのが、気持ちよくなっちゃったのは認めるよ。世界を救って、その上まだ世界のために尽くしているんだ、自分に酔っちゃってるとこだってあるさ。でもさぁ、そんなこと抜きにしても、この世界は守りたいんだ。ずっと平和に、みんなで笑って暮らせる世界が良いんだ。 「大馬鹿者ですねえ。そんな貴方に世界は背負えませんよ。荷が重過ぎます。」 「そう?ボク勇者なのに?」 自嘲気味に零した彼は「ここは居心地が良いんだ。」と、小さく付け加える。 ドライフラワーの美しさがわからなかった。同じように押し花の美しさも。それでも彼女たちは口をそろえて言ったのだ。「これでいつまでも綺麗なままでしょう?」 あぁ殴れるものなら殴りたかった。俺は押し花なんて嫌いだ、大嫌いだ。どこが綺麗だというのだそんなもの、色あせてしまってつまらない。 柵の隙間から伸ばした指先で、張り巡らされたお札の一枚をぴりりと剥がす。鉛筆で落書きがされてあった。 俺は腹を抱えて笑う。なんだ、誰もがにやにやと笑っている。たちが悪いのは何もこの勇者だけではない。もともと馬鹿騒ぎが好きな奴らだ、窮屈な城の暮らしにもう飽きたか。 不思議そうに覗きこむ勇者に剥がしたお札を順番に落としていった。 「良いですか、よく聞いてください。今からとっておきの言葉をプレゼントします。」 「メイド服って面倒くさいんだよなー。」 「ここにいると…疼いて仕方がないんだ、傷が。」 「全国の幼女がワシを待っている!」 「花嫁修業に出ようと思うの。」 「オレ捜索得意なんですよ。できるだけ城から離れたところに探しに行くのがコツです。」 強すぎる魔力は世界に影響を及ぼすと言った。だから彼はここにとどまり封印された。魔王の脅威から解放された世界は活気づき、人々は幸せになった。 彼が歩く道に咲く花はない。踏み荒らされて勢いをなくし、乾ききって枯れていく。だから俺たちは種を蒔く。彼の歩いたあとに花が咲くように。俺たちは花なんて繊細なものを育てたことはなくて、水をやり過ぎて土を流す。肥料を忘れる。虫がつく。病気になる。 だから色だって形だって、背丈だってばらばらで、全然美しくなんかなくて、可愛らしいというよりは不格好で、不揃いで、ときに化け物みたいな花もあって、みっともないくらい生命力にあふれたものばかりになる。そうやって世界の果てまできたときに、後ろを振りかえって見て欲しい。 みんなの笑顔がよく見えるだろう。 「勇者さん、可愛くない花は好きですか。貴方に見せたい花があるんです。」 |