※ヤンデルロスさん ※学パロ ※ちょっと動物に対して猟奇的な描写がありますご注意 犬に飼われるにあたり守るべき七の約束事 1.いってらっしゃいとおかえりなさいを言うこと ボクの足はちょっとだけガクガクと震えている。 幼い頃に別れてそれきりだったロスがボクの高校に転入してきた。学年が別だったから、その話が耳に入ってきたのは実際に彼が転入してきてから三日ほど経ったあとであった。 学校から足早に家へ向かい、洗濯物を取り込んでいた母に報告すると、彼女はきょとんとした顔で「あら、一週間くらい前にご挨拶に来てくれたわよ。」と返してきた。相変わらず男前だったわよーと付け足す言葉に生返事をしてすぐ横を通り過ぎた。 それからボクの学校生活は逃亡一色で塗りつぶされた。始業時刻ギリギリに教室に駆け込み、休み時間になったら教室を飛び出して廊下を歩き回り、決して一定の場所にとどまらないようにした。もちろん授業か終わればすぐに帰路についた。 そうやって逃亡を続けて20日。ボクの予想に反して彼は何もしてこなかった。それどころか一度も遭遇することだってなかった。 学校という場所には様々な噂が溢れている。病気で三週間休んでいる男の子がいるだとか、道路で大きな犬が死んでいただとか、好きな人と結ばれるおまじないだとか。 そういう噂の発生源は大体女の子で、ボクはそういう類の噂を漏れ聞くたびに彼女たちの苦労を慮る。だけど実際彼女たちは苦労なんてしていなくて、楽しんでやっているのだからそんな心配はしなくていいのだけれど。それでもボクは不思議だなぁと思ってしまうわけだ。 彼女たちは恋の噂にとりわけ敏感で、毎日女の子たちの周りにはぽんぽんとたくさんの話が飛び交う。彼女たちは自分の好きな人について様々な想像を巡らせてきらきらと笑っては突然地獄に落とされたかのような不安に取り憑かれる。付き合う前からいつ別れるか、いつ嫌われるかと神経質に目を動かす。 彼女たちにとって「付き合う」とは何なのだろうか。所有、なのだろうか。 帰り道には確かに犬の死骸があった。ボクは手を合わせながら目を背けた。 ************** 幼い頃、ロスはボクの言う事はなんでも聞いてくれた。要望一つ言うたびにそれ以上の代償を払うはめになることは度々であったし、ロスはロスで良いおもちゃを手に入れることができたのだろうからまぁ互いの利益は一致していたのかも知れないが、それでもボクが5回に2回は約束を破ったのに対し、ロスは一度も破らなかった。 母が言ったように、ロスは昔から頭も良く、容姿も申し分なく、人気の的であった。だからそんな彼が自分にかしずく姿は幼い自分にも気持ちがいいものであった。 だが次第にボクは彼から距離置くようになった。彼はボクの望むことをすべて叶えた。それが恐ろしくなったのだ。 ボクはある日言ったことがある。「犬は吠えるから嫌い。歩くと犬が怖いからボクは学校まで車で送ってもらうんだ。」真夜中に窓がどんどんと叩かれる音に目を覚ますと、勝手に人の家の庭に侵入して手招きをするロスと目があった。寝ぼけ眼をこすりながらパジャマのままこっそりと外に出て、先を歩くロスの後ろを付いて行く。狭い町だから周るところは限られている。彼は一軒の家の前に立ってほら、と中を示した。 ガムテープだ。ガムテープが貼られていた。口の周りの肉を不自然に引きつらせながら犬がこちらを見た。ロスがおもしろがって音を立てたからだ。犬は口を開いて吠えようとしたのだろう。でもそれは叶うことがなくて、そいつは飛び跳ねて前足でしきりに自分の顔をぶった。それでも毛を巻き込んだガムテープは取れなくて、途方に暮れたようにうろうろと旋回した。 次の家にも犬がいた。ガムテープが貼られていた。その犬はロスが騒ぎ立てるより前に起きていて、ボクたちが近付くと何度も地面を蹴った。吠えることはなかった。 三軒先は真っ黒な大型犬を飼っていて、ボクはその犬の目と声が一番怖かった。ボクは恐ろしくてもう何も見えなかった。 「まだ怖いんですか?大丈夫ですよ、あいつはもう吠えませんしあなたの方を睨みつけることもしません。」 歪だった。何もかもが歪に思えた。じわじわと忍び寄っていた暗いをボクはこの日にやっと認識した。 「明日もまた一緒に学校に行けますね。」 笑って彼が手を差し出す。ボクが握らないでいると彼はその手を伸ばしてボクの手を掴む。獣だ。獣臭い。ぬるりと厚い液体がボクの手のひらに付着した。振りほどいて走る。後ろを振り向かずにひたすら夜の町を全力疾走して、犬の鳴き声が聞こえない静かな通りを、ボクは心底恐ろしく感じた。 ボクの足はひどく震えていた。 ロスが引っ越すという日、確かボクは彼を見送りに行かなかったのではないだろうか。あんなことがあってからすっかりびびってしまったボクは、結局別れの日までずっとロスを避け続けたのだ。それでもボクはその日彼に会ったような気がする。見送りの駅ではなく、家の近くで。確かそこで何かを言われたのだ。ボクの記憶は途切れていて、はっきりとは思い出せない。 ************** 「病気で三週間休んでいる子がいるんだってさ。」 「そんな長く休むなんて、一体どんな大病患ったんだろうな。」 「短いくらいですよ、三週間なんて。色々と準備するには、もっと長い間休もうかとも思ったんですけど早く帰ってきたかったんです。」 その首輪はきっとさっきの犬から拝借したのだろう。お隣の犬はよく吠える犬だった。散歩には赤い首輪をつけていた。 「あぁ、そうだそれ、別に死んでないですよ。俺殺せませんし。うるさかったから静かにしてあるだけです。」 びりっとガムテープを伸ばす音がする。ボクを通り過ぎて横たわる犬の口に無造作に貼り付ける。犬の鼻がぴくりと動くけれども起きなくて、茶色い毛がガムテープにくっついた。 「アルバさん、良い子にして待ってましたか?」 返事は? そう聞く彼が新しいガムテープを切って近付いて来る。頬が引きつって口がうまく動かない。頬の端からテープが貼られていく。つま先とつま先がぶつかる。唇がガムテープに引っ張られて横に伸びる。筋肉の可動面積が小さくなる。あの夜のことが頭にフラッシュバックして、今度はボクも同じ。その足はガクガクと震えている。 「返事は?」 ワン。 |