※一章ロスアル


水音


「戦士ー!戦士戦士ー!」
「なんですか騒がしい。あんたは風呂も静かに入れないんですか。」
「だってー水が耳の中に入っちゃったんだよ!」
 頭を揺らすと音がするのだろう、勇者さんが奇っ怪な角度で首を固定しながら歩いてくる。あぁ、確かにあれは不快だ。耳の奥で渦が巻き上がっているような音。雷を瓶の中に閉じ込めてゆっくりと上下に降ったらこんな音が鳴るかもしれない。
 ごろごろ、ざわざわ。
 ごろごろ、ざわざわ。
 勇者さんはベッドの上でくつろぐ俺を恨めしそうに見る。
「そんな風に見たって俺にはどうすることもできませんよ。」
「でも気持ち悪いんだよ、これ。」
 大きな破裂音をさせて左耳を叩く。耳鳴りが酷くなっただけ損をすることになった彼は、ベッドサイドまで来て許可も取らずに隣に腰掛ける。
「…せんしー。」
 はぁ、やれやれお手上げ。
 こともあろうかこれはお子様勇者の下手な誘い文句だったようだ。


 鎖骨に手のひらを押し当てて、親指と人差し指で首を固定する。微かな圧迫感を感じて勇者さんが動けば、彼の耳の中でまた不快な音が転がったのか眉を寄せた。左手を右肩にかけて、乗り出すように体重をかける。骨ばった勇者さんの肩が沈んで、伸びた首筋が被虐心を煽った。
 そのまま耳の後ろを舐める。舌全体を押し付けるように舐めれば、入ったばかりだというのにうっすらと汗の味がして、すみませんね、とほくそ笑んだ。
 興奮しているんだ。ぎゅっと目をつぶって、薄く口を開いて、時折下唇を噛む。手は両方ともしっかりとシーツを握りしめていて、床についた足は突っ張っている。座り心地が悪いのか、何度ももぞもぞと動く。自分で誘っておいて。いや自分から誘ったからかも知れない。いじらしいところもあるじゃないですか、と耳の中に息を吹き込めば、ひゃあ!と色気のない声が上がった。
 勇者さんの耳たぶを指で優しく触る。押したり、挟んだり、親指の腹で撫でたり、少し爪を立ててみたりする。そのまま耳の中に指を侵入させて、内側のでっぱりもくぼみも、平らな地面も等しく愛する。薬指を奥まで押し込むと勇者さんは首をすくめて手で口を押さえた。親指で耳たぶの裏を撫でながら中指からバトンタッチを受けた小指をさらに侵入させる。風呂に入ったばかりの勇者さんの耳の中は湿っていて、指を濡らす。ぐるりと回すたびに、出し入れするたびにじゅるじゅると水が絡みつく。行き止まりまで小指を侵入させて、しばらく静止させれば、勇者さんは口に持っていった手を噛んで舐めて熱い息を吐き出していた。
「なーにしてるんですか。」
「っあ、え…?」
「ゆ、び。」
「うわあああ!!」
 もしかして無意識。まさかの無意識。恐るべしみんなの勇者にため息をついて指を抜くと、入れ替わるようにして入っていった空気の冷たさに身を縮めていた。
 耳介を噛む。下の歯で軟骨部分にさわり、最初は弱い力で噛む。ひと通り耳の周りを噛んで反応を伺うと目を開いてじっと次のアクションを待っていた。おもしろく思って無理やり首を回し唇ごと食べるようにしてキスをする。僅かに開いた唇の間にねじ込むようにして舌を入れ、歯茎をなぞり、押し返そうと躍起になる勇者さんの舌を捕捉して吸い付き、押し戻し、絡め取る。合間に漏れる声が苦しそうになってきたところで一旦唇を離し、今度は何度も浅いキスを繰り返す。満足そうに細められた目を見てよしとばかりに耳を噛んだ。
「んっあっ、ぅいったい!いたい!」
 驚いて飛び退こうとする体を腕でしっかりと固定して逃げ道を塞ぐ。胸板を押してくる手をとって指を絡める。そのまま噛み痕を下の先でつついて、今度は痛みを感じないくらいの弱い力で噛む。唇で挟むように噛んで、それでも先程の痕に唾液が滲みるのか、時折目を瞬かせる。
 勇者さんの耳は小さくて柔らかい。口に含んで濡らせば、こぼれ出た唾液が肌をずるずると伝っていった。気持ちが悪いと言うように勇者さんが首を振って、俺はいっそ耳ごと食ってしまいたいと思う。口を大きく開けて耳全体を包むように舐める。内側に舌先を入れて、壁に触れる。もう既に水音なんて気にならないだろう。勇者さんの中に巣食っていた小さな雷は驚いて逃げてしまった。今はもっと煩くて、淫猥で、猥雑な音が彼の耳を、頭を占めているに違いない。
 じゅっ、と音を立てて吸ってみた。「あっ、あっ。」と漏れる声は控えめだ。瞼を持ち上げた中に見えた勇者さんの目は涙の膜を薄く張って、ぼんやりと俺のことを映している。
 舌の先にできた空気の粒をぷちんと音を立てて潰すと、勇者さんが恥ずかしそうに目線を床に落とした。そんな、今更。はは、と愉悦を含んだ笑いを洩らせば抗議するように手を上げたので、その手を掴んで握られた拳の上からまたべろりと舐める。こっちは乾いている。当たり前か。どうでも良いことに一人で納得をして、勇者さんの髪の毛をかき分けて、うなじに歯をあてる。そのまま噛まずに歯をあてたまま口を閉じていくと、勇者さんが身を固くして緊張しているのがわかった。噛みませんよ。今日は、舐めてあげます。心の中でそう囁いて再度彼の耳を舐める。まだ奥までは舐め切っていないから。シャワーの水が浸入を許したところまで、俺の唾液を注ぎこまなければいけない。全部が蒸発する前に耳の壁に吸収されて、勇者さんの一部になる。
「う……あ、っん。ちょ、っ!」
 服の隙間から手を入れて、腹の上に手のひらを当てる。上下左右まんべんなくさする。さすり終えたら中指で臓器を確かめるように圧を加える。手の甲でも触る。
「やっ!ぅあっ、あっ。つ、つめ。」
「あぁ、当たっちゃいました?」
 そう言って何度か爪の先で乳首をこすると腰を浮かせて逃げようとする。
「っあ、勃っちゃ、う。」
「耳と乳首だけで?」
「んっやぁっ…!」
 勃っちゃう、じゃなくて、勃っちゃった、って言うんですよ、こういうの。ハーフパンツの上から先の方に指を滑らせると、先程より少しだけ大きくなった声が聞こえる。
 片方だけ耳をじっとりと湿らせて、乳首を尖らせて、子供ながらきちんとオスの形をしたそれを勃起させている勇者さん。何もせずに手をひらひらと振って黙って見ていると、泣きそうな顔で怒りだすのだ。はやく、とか、なんでだよ!とか、ヒステリック気味に文句を垂れ流す姿を見て口元が歪む。涙が散らばって声が高くなって、俺はますます興奮する。背中に微弱な電気が走って、もっとじらしたい、もっと我慢させたいという気持ちが胸の奥でどくどくと波打つ。
 太ももの付け根に手を置いてやれば、服がよれて刺激がいったのか、小刻みに震えだす。本当、あれだけでこんなにしちゃうんですもんね、呆れと喜びが混じった思いを指の先まで届かせて、亀頭を押さえる。
「イきたいですか?」
 ぐらぐらどろどろと水音がする。遠くの方でざわめくような音ではない。もっと近くで、もっと荒々しく、煮えたぎったお湯のような音、濁流のような音だ。飲みこまれたらきっと助かりはしない。けれども飲みこまれることをどこか期待する自分もいる。あたたかな海だ。様々な色が混ざり合って真っ黒になってしまった海だ。時間がたてば蒸発するものでもない。ずっと永遠に胸の中に残って、何かのはずみで出てきてしまう汚濁だ。
「イか、せっぁっんっああっ!は…んっ…ぁ……。」
 布越しに強く握ってやれば呆気なく達した。荒い息を気だるさの中に混ぜて彼は言う。

「は、ぁ…んっ……あ、りがとう戦士。水、なくなった、みたい。」