※卑怯な技=うん年前リメイク ※薄暗いクレシオ ※あれですキッチンがある宿屋だってあるかもしれない 塔 気が付くとあのシーたんが泣いていた。 昨日の夜からずっと一緒にいて、なんだか妙に無口だと思っていたら今朝になっていきなり。 まだ陽も出ていない午前4時。いつもならぐっすりと眠っているだろう時間に、ふと寂しい空気を感じてまぶたを持ち上げた。 俺に背中を向けたその小さな身体は小刻みに震えていて、声をかけるのも躊躇われた。 何があったというのだろうか。昨日だってその前の日だって特に変わったことはなかったと思う。 そりゃあ、心のすみからすみまでわかってるわけでもないし、シーたんが俺に言わないことだってあるだろう。だからそれまでのシーたんの頭の中でおきてるできごとを逐一把握しているわけではないけれど、だけど例えば何らかの不幸がそれまでの工程でシーたんに降りかかっていたというならば、そのときは俺に遠慮なく八つ当たりをしてくるだろうし、機嫌も悪くなるからすぐに分かる。だからシーたんが何を思い悩んでどうして涙をこぼしているのか今の俺には皆目見当もつかないわけで。 昨日は気持ちよさそうに眠っていたのになぁ。と、過ぎた夜のことを考えても答えにはたどり着かない。 気紛れにキスをしたときも変わったことなんてなかった。俺たちは一個体であって同時に二人で初めて完成するものでもあったから、何も不思議なことはなかった。 親友であり家族であり兄弟であり半身であり自分自身だった。間違えをただすというのならばそもそもの始まりから俺達は正さなきゃならないわけで、それはとても困難で、不可思議なことだからだ。 こんなふうに俺がぐだぐだと取るに足らない考え事に頭を抱えてうめいていると、シーたんはくるりと振り返って俺を見て、また涙を一粒こぼした。その一粒が頬を伝って流れおち、ぐちゃぐちゃになったシーツに小さなシミをつくったのを見て俺は、何か言うべきなのだろうと思う。でもそれは言葉にならなくて、だから一生伝わらなくて、俺達の距離はこんなにも近くて、そして同時に溶け合ってしまったがゆえに互いのことがまるでわからない。それはシーたんも同じなのか、さっきから口端をほんの少しだけ持ち上げてはまた閉じるなんて行為を繰り返し繰り返し見せている。 言葉なんてないほうが良かったのかもしれない。あったとしてそれが上手く伝わる確証もなければ自信もない。バベルの塔は崩壊し、積んでも積んでも塵と化す。 あの塔は俺達自身だったのだろうか。目を閉じて塔を建て直しても、いつも同じところで煉瓦を積みそこねて崩壊してしまう。ここから先にはどうやったって進めません。そうして人間は言葉を失い混乱し、区別を覚えて一人ぼっちになった。 俺達はいつかひとつひとつ、またひとつと食い違っていく。確かめるのが怖くて後回しにして、最終的に完結できなくなってしまう。宙ぶらりんにぶら下がったまま俺たちはきっと、色んなものを誤魔化して、隠滅して、また笑うのかも知れない。もうとっくにバラバラになっているのに、まだ煉瓦を積み上げている。そしてもしかするとシーたんは、そんなことを知っていて、こうやって涙を流しているのかも知れない。 キスをするたびにボタンをかけ違えて、セックスをするたびに糸がちぎれていく。小さく声を上げて達するたびに、俺たちは命を失った精子を見る。 散らばった汗には涙が混ざっていて、乾いてしまった目が水を求めてまた涙を流しているのだろうか。 かける言葉を探しあぐねて、酸素だけが大量に放出されて、無色透明なそれは何を考えているのか教えてくれない。 言葉が見つからないから。言葉があればきっともっと上手く行ったんだ。この手は天まで届くはずだったんだ。 ピィーッ、とお湯が沸いた音がそんな思考をかき消して、俺は素直にベッドから身を起して備え付けのキッチンへ行く。スプリングがギシ、と軋んで俺のいたところのシーツが少しだけまた、ぐちゃっとした。スプーンでコップにそれぞれ4杯分のココアを入れる。シーたん甘党だから。砂糖もミルクもたっぷりがいいんだろうな。聞こうとしたけれど、その身体はもう、こちらに背を向けていて、とりあえずあらゆる物から逃げたそうな背中をしていたから聞かなかった。 同じ分だけ砂糖もミルクも入れて、二つのコップを大事に持っていった。ぺたぺたと音を立てながらベッドサイドに行き、涙もふかないで呆然としているシオンの手に温かいコップを握らせて、その中にマシュマロを入れてやった。 一個、二個、三個、四個。 窮屈そうに浮くそれらを見てシーたんがポツリとつぶやく。 「こんなにいれたら飲めないだろ、馬鹿。」 段々に溶けていくそれを見ながら静かに言った。 「シーたんが泣きませんように。」 「シーたんが笑いますように。」 「シーたんが愛されますように。」 「シーたんが一人になりませんように。」 何も言わずにシーたんがココアを飲んで、だから俺も何も言わずにそれを絡め取る。唇の周りを舐めると少しだけしょっぱい味がした。 テーブルにコップを置く。起きたら冷めてひどくまずい代物になっているんだろう。 白み始める空を他所に、そのまま二人はしっかりとくっついて夜まで眠る。 夢は見なかった。 |