※アキラくんと宇佐美が先生、真田が学生の学パロ ※なんだか中途半端に終わる After Days 職員室の取り繕ったような慣れ合いの空気が好かなかった。ちょうど喫煙者でもあったし、そういう意味で一人になれるこの場所は自分にとって貴重であった。 生徒には偉そうに「立ち入り禁止」なんて掲げておいて。「立ち入り禁止」ねぇ。何もそこまでしなくても良いじゃないか、と自分が学生の頃は思ったものだ。高校生にもなって屋上から誤って転落する者などいまい。自発的に、なら多少いるかも知れないが。だがそれは仕方のないことなのだから。そんなことを考えているなど知られたら懲戒免職ものだが、まぁ口に出していないのだ。ここは一つ、許してやって欲しい。 それでもこうして一人くつろいでいると、あぁ、立ち入り禁止で良かったなぁとも思うのだ。これは自分のような者を保護するためかも知れない。そんなことないか。けれども実際ここは非常に気持ち良かった。誰もいない、空は見える、煙草も吸える。周りを囲う壁もないし、喧騒からも外れている。そんな憩いの場を厭味ったらしい文句とともに破壊されたのは一カ月ほど前のことであった。 そう、一か月前。いけすかない後輩の教師に唯一屋上の出入り口である扉をガンガンと蹴られ、「おい、いるんだろ!返事しろ!やーまーだーせーんーせー!!」 よく居場所がわかったものだという驚きに、彼は「校庭から煙が見えたんだよ。」と返してきた。そんな馬鹿な。その眼鏡は一体どこまで視力を矯正するのだ、と、じっと眼鏡のレンズを見返すと鼻で笑われた。馬鹿じゃねえの、という侮蔑とともに。 それからはいつも屋上に来るときは扉を足で押さえている。寝っ転がって、足で、押さえる。背中を預けていると大変なことになるのだ。宇佐美夏樹のノックはノックではない。銃撃だ。 自分の部屋でもないのにノックだなんて、少し自由がすぎている気もしていつも一礼をする。今日も無事に過ごせますように、宇佐美が来ませんように、と。宇佐美はいつも自分が気持ちのよいまどろみに身をまかせ始めたところで来る。まるで狙ったかのように正確なそのタイミングにまさか監視でもしているのかと半ば冗談で尋ねると、心底嫌そうな顔をされた。嫌なのはこっちだ、と思う。それから数日宇佐美は来なかった。 ここに人がいることを知っているのは今のところ宇佐美だけであった。職員室でも、もちろん担当する教室でも、このことを咎められたことはない。自分の担当する教室は皆良い生徒であると思う。休み時間になれば勉強という義務に縛り付けられていたその体を思う存分に解放し、喋り、叫び、走り、とやかましい音をたてるがいざチャイムが鳴って自分が教室に入れば大人しく席に戻り、教科書を開く。テスト前になれば他のクラス同様妙に浮ついた空気が流れ、問題用紙を表に返した瞬間ピリリとした緊張を身にまとう者と、もはや諦めきった者に分かれる。おもしろいのは諦めた奴だ。彼らは開始から10分、自分には関係ないと主張するように無意味に何度か問題用紙をめくる。それからしばらくは頬杖をついてそれらしい解答で空欄を埋めることにいそしむ。開始から45分ほどたつとそわそわと落ちつきなく体を揺らす。そして最後の5分、このときにはクラスの大半が机に突っ伏しているのであるが、彼らはこの頃になってようやく焦り出すのだ。俺は心の中で彼らにふさわしい補習問題を考えだす。 補習授業は成績が悪い者だけに課されるものではなかった。だって四人で放課後にわざわざ残って補習、だなんて嫌だろう。仲の良い者同士であるならば返りにゲーセンでもコンビニでも寄るのだろうが、そうとも限らない。案外面倒見の良い、というか校内で株を上げることに余念がないアキラは希望者には平等に補習授業を展開している。意外と来るのだ、これが。全出席をする者は少ないが、二、三回に一回は必ずひょっこり顔を見せる。家に帰りたくないとごねる生徒や、仲の良い子が出ているからついでに、と言って椅子に座る者まで様々だが生徒の表情は普段の授業よりも生き生きしている。“縛り”がないせいだろうか。しかしこうして頻繁に補習授業が組まれてしまうと、アキラとしては些か困ったことになるのだ。屋上に、行けない。ヤニ切れだ。一人の時間が足りない。そんな思春期の子供が言いそうな言葉を胸の内で吐く。放課後の時間を使えないせいで書類もたまり、ようやく屋上の扉を開けたのは11月中旬。もう肌寒い季節となっていた。 上着を持って階段を上がる。正直そこまでして行かなくても良いのではないかとは思っている。ただ、あまりにも居心地の良い空間だと認識してしまったためそこへいかないと気がすまないのだ。宇佐美も今日はこないだろう。暇つぶしに先輩をからかうには少しばかり寒さが厳しかった。 屋上の扉を開けてやっぱり来ない方が良かった、と後悔をする。教室よりももちろん空に近いそこは空気もより冷えていた。煙草を吸うどころじゃないじゃないか、帰ろうか。冬は仕方がない諦めて黙って仕事をして、早急に帰って暖房をつけた部屋でテレビでも見ながらビールを飲もう。煙草だって吸い放題だ。そうしようそうしよう。擦り合わせた手を一度握って開いて、よし、と一人気合いを入れて冷たいドアノブをひねろうとすると、誰かが階段を上がってくる音がした。 「…物好きだな宇佐美も。」 だがこの冷たいノブをひねらなくていいのであれば宇佐美でも大歓迎だ。上着のポケットに手をつっこみ、寒さに首をすくませてそう思う。まぁ俺は入ってきた宇佐美と入れ替わりに階段を下りるが。かちゃりという小さな音に、またこいつはノックというものをしないで、とため息をつく。合計25回の来訪で彼がノックをしたのは3回。ためていた書類をご丁寧にここまで運んできたために手がふさがっており、扉を開けることができなかったのだ。自分の足もしびれるのではないかと言うくらい盛大に蹴られた扉は、振動を残らずこちらに伝えた。 「だからノックしろっていつも言ってるだろ宇佐、美…?」 「俺でごめんね?アキラ先生。」 申し訳なさそうなのは顔の前で合わせた手の形だけ。お行儀よく揃えられた手の向こうにはまるで悪びれていない眼があった。 |