※しょたろすある ※ちょっといかがわしい ひみつのがっこう 帰りの会が始まる音がする。 「ロス、チャイムが鳴ってる。」 「はい。」 最後の音は長く長く感じられた。古くて薄汚れたスピーカーはジジジ、と唸ってそれっきりだんまりになった。 暗く、静かな体育倉庫の中でアルバはどんどんと狭い場所に入りこんでいく。体操着が地面にこすれて、きっとこれじゃあママに怒られる。どこで汚してきたの、こんなに黒くして、と。 ボールかごと跳び箱の間に身体がすっぽりと収まる場所を見つけてお尻の方から身体を押し込み、ロスに手を伸ばす。 戸惑うように瞳が揺れて、ゆらゆらと緊張が空気中を泳いだ。 「こわい?」 「こわくない。」 熱い舌をおずおずと出して、ふわふわとした手のひらを心臓の上あたりに押し付けて。そうすればほら、ここがボクらのひみつのがっこう。 ***** 今ごろ担任の先生が一人一人の名前を呼んでいるんだろう。そうして最初の方で「アルバ」がいないことに気付いていぶかしげに思い、それでもホームルームを進めるという使命をまっとうしようとひとまずはするすると名簿をたどっていく。そうして最後の方でぽっかり空いた「ロス」の席に気付いてやれやれ困ったことだと頭をかく。 みんなはちょっと待っていてね、とにっこり微笑んで隣のクラスの先生にこの事態を報告しに行く。三組の先生はボクらの先生よりもちょっと偉い。そしてちょっと意地悪なのだ。 だからボクたちの担任の先生は心の中で名簿から脱走してしまった「アルバ」と「ロス」に悪態をつく。こいつらのせいでまた俺が怒られるじゃないかと。先生ごめんなさい。本当ならば代わってあげたいのだけれど、ボクたちは今「オトリコミチュウ」なのだ。 ロス、と小さな声でささやく。鍵が開いてはいやしないかと心配になったのだ。ロスは一度重たい扉の方を見て、しっかりと頷いた。そう、鍵はさっき、二人でちゃんと確認したからだいじょうぶ。 アルバは一人では何もできなかった。ナントカをして下さい、と先生に言われたときも、ナントカをしてはいけません、と先生に言われたときも、いつもそれとは逆のことをしでかした。それを一つ一つ馬鹿にしながら、一緒に修正してくれるのはいつもロスだった。ボクはロスがいれば平気。ロスと二人ならなんでもできる。だからロスともっと一緒にいるために、アルバは彼と手を繋ぎ、彼に唇を押し付けて、体の奥の奥の方に隠してあるもっともっと熱い塊を今日取り出そうとしている。 「ロス、ロス。こう?これであってる?」 「ちょ、っと!」 ロスが着ていた長袖のパーカーを適当にまくりあげて身体に触れる。白くて薄い身体は外気に触れてぴくりと動いた。左胸に手のひらを当てると、血が巡る音が聞こえた。 ロスが、あのロスが珍しく焦ったような表情を見せて、アルバはその手をさらに大きく動かす。つるんとした肌はさわり心地が良くて、親友のもっと綺麗なところを見たいという願望が頭を占めた。 下半身の服に手をかけて、一気に引きずりおろそうとすると、ロスが焦ったように手を掴んで首を横に振った。どうして?と目で訴えるといつもよりゆっくりと息を吐きながら、だめです、と言った。二度目のどうしてが頭を巡る前にロスがあっさりとアルバの体操服を脱がす。ぶるりと一度震えて、彼の指を待った。 ロスがボクの腕をしっかりと押さえこんで、前のめりになって肌を舐める。やわらかい、くすぐったい、生温かい感触がお腹の横あたりを術っていって、ひゃぁ!と変な声が飛び出した。ロスはボクの浮いたアバラを一つ一つ指で確認するように押しなぞって、そこにも唇を当てる。ボクは自由になった手で彼の頭を掴んでもうやめて、くすぐったいよ、と笑う。 身体ごとボクの方にもたれるようにして、ロスが抱きついてくる。服を着ていないから、互いの素肌が張り付いてとてもきもちよかった。 「な、わ、ロス!」 「なんですか?」 ロスが右腕を伸ばしてボクのズボンの中に手をもぐり込ませる。おしりとおしりの境目に指をすべらせて一度撫ぜ上げる。ボクはロスの指を踏みつぶしてしまわないように、自然と腰を上にあげてしまう。不安定な体制でぐらぐらと中腰になっていると、ロスが前からズボンをずり下げて、ボクはほんとうのほんとうにすっぽんぽんになってしまった。 「はずかしい、よ。」 今更何を、という呆れ顔でロスがボクを見る。まだおとなになっていない性器が彼の視線を浴びて委縮しきっている。返して、いやだ、返して、と幼稚園児のように喚きながらロスを叩くが、ロスはそのままボクのズボンを遠くの方へやってしまうのだ。 ひやりとした床の冷たさが、ボクの足裏を伝って背中まで駆け上がってくる。足首はしっかりとロスの二本の腕で固定されているから、ボクは寒さを紛らわすために少し身じろぎをする。 「アルバさん。」 彼がボクの目を下から覗きこんで言う。その声はひっそりとしていて、聞いたことのない音をしていた。 アルバさん、ともう一度彼は言う。 ボクは踏ん張っていた手を一本ずつ床から剥がして彼の頬にそっと添える。ロスが目を閉じたのを確認してから、なんどもなんどもテレビで見たあの光景の通りにボクは彼に口づける。 誰もいない体育倉庫の中で、二人して服を脱ぎ散らかして、帰り会もほったらかしにしてしまった。みんなにさようならも言っていない。先生は怒っているかしら。三組の先生に虐められていないと良いのだけれど。 苦しくて、よだれを垂らしながらキスをした。唇にうまくあたらなくてほっぺたにぶつかったり、鼻を舐められたりした。べろは赤く熱く溶けてしまっていて、口内でじゅぶじゅぶと音を立てながら動いた。 きもちいい。ただひたすらにきもちがいい。きもちがいいって、多分こういうことを言うのだ。 手も足も頭の命令をきこうとしない。お腹の下がどんどんたまらなく熱くなっていって、悲しくもないのに涙が出た。脳の中でロスの名前を呼ぶ。二つの目をどうにかこじ開けてロスを見ると、彼は頬を紅潮させて長いまつげを伏せて、懸命にボクを追っていた。 今日は金曜日。明日は土曜日。あさっては日曜日で、月曜日はしあさって。 しあさってになったらまた新しいボクを取り出して、おはようと言うのだ。宿題は忘れずに。ランドセルに詰め込んで走って行こう。 カレンダーにはばってんを。隣の席の女の子にもばってんを。今はロスしかいない、ロスしかいらない。 「えっち、して、ロス。」 せんせい、さようなら。みなさん、さようなら。 心の中で手を振って、ボクはクラスメイトを丁寧に四つ折りにしてゴミ箱に、ぽいっ。 |