※ツイッタータグ遊び ※ばじこさんからタイトルいただきました第三弾! シンデレラコンプレックスの一枚皮 シンデレラは果たして本当に不幸であったか。こう疑問を呈すことは、幾つかの家庭を救済することだろう。 「ね、そう思わない?シーズちゃん。」 「うるせえええええ!今日こそ死ね!!」 「やれやれまったく君は話が通じないな。」 真っ青に澄んだ空に自動販売機が飛来する。尋常ではない力で放り投げられた自販機は空中の一点で止まり、そこから思い出したように急降下する。一辺倒な攻撃でも、確実に以前より威力が上がっている。どこまで人間離れすれば気が済むんだと嘆息しながら神経を集中させて落下予測地点から飛び退れば、待ち構えたような一撃が待っている。 間一髪で振り回された標識を避けて地面に手をついて低く体勢を保つ。くっそ袖が汚れた!それに手首に走った衝撃も無視できない。甘楽ちゃん怒っちゃうぞ!と無理やりネカマちゃんを呼び出してみれば、半笑いの田中太郎がちらついて、大人は色々あるんだよと誤魔化した。 「シズちゃんシズちゃんシーズーちゃーん!」 「その呼び方は、やめろって、言ってんだ、ろ、う、があああ!!」 おやおやこれは雷様のお怒りだ。地面ごと持ち上げるのではないかというくらいの力でもってガードレールを引っこ抜き、頭の上で抱えなおす。けれどその時間がロスなんだなぁ。単細胞は大人しく死ね。空中に投げたナイフ三本は見事にデパートの垂れ幕を吊るしていたロープを切り裂いた。時間稼ぎにしかならないだろう、けれどもそれで十分だ。勝利はない、けれども敗北もない。そう確信して口の端を歪めた途端、剛速球で何か重たいものが頬の横を通り過ぎていく。 「…マジかよ。」 仕方がない、腕一本くらいはくれてやる。折原臨也はそうシニカルに笑って戦闘を開始した。 ***** とは言っても臨也の戦闘は静雄のそれとはスタイルが違う。平和島静雄とまともに戦ったって、そんなのいたずらに死期を早めるだけだ。臨也は自殺願望者ではない。ましてや平和島静雄に殺される気なんて毛頭ない。 だから臨也はいつだって逃げて逃げて逃げまくって、そして最後にもはや追って来られなくなった彼に怨嗟を吐き散らかす。ビルの下で臨也を見上げる彼は動物のように唸って、地団駄を踏んで、藻掻くだけだ。 「お伽話はお伽話なんだけど、さ。」 靴の汚れを忌々しげに見つめながら俺は言う。あたりの人間はこの喧騒を避けて散り散りになったから、夜の池袋にしては不気味なほど静かだ。俺が話し出しだのを見てシズちゃんは舌打ちをしてからタバコに火をつける。そこんとこがお人好しなんだよ、人じゃないくせに。俺は彼のそういうところが最も嫌いで理解し難い。 「異端児はハッピーエンドなんて望んじゃ駄目だろ。」 いつだって継母は悪魔的性格を付与されて、最終的に舞台から引きずり落とされる。けれども彼女にとっての異端はずっと灰をかぶっているべきであったあの女だろう。我が子じゃないんだ。自分で腹を痛めて産んだ子供じゃない。そんなの可愛いわけがない。何を考えているかもわからないような他所の子だ。シンデレラが差別されたのは当たり前。だってあいつは化け物だ! 断罪するように宣言すると、地上の男は不愉快そうに顔をゆがめる。なぁんだ自覚あったんじゃん。化け物化け物化け物!と指をさして笑うとビル全体がきしむような音がした。 シズちゃんは今までがおかしかったんだよ。君は疎まれるべきだった。もっともっと隅に追いやられて、罵倒を浴びせられて、立ち上がれなくなるまで糾弾されるべきだった。だって君は化物だろう。人間じゃない、異端児だ。お母さんや幽くんは君を人間と同等に扱うことで、どんな犠牲を払ったと思うんだい?今までだってつらいことがあった?そりゃ当然だろ。当然の痛みだよ。だってシズちゃんは輪の中にいちゃいけない存在じゃないか。そうじゃなくて、俺が言いたいのは、あぁ本当、シズちゃんって馬鹿だねぇ。俺が言いたいのはさ、シズちゃんはもっと徹底的にこの世から排除されるべきだったってことさ。和を乱す存在は迫害されて当然だ。さらに言えばその社会から永遠に追放されなければならない。ところがどうだ、シンデレラは社会の頂点に立ってしまった。シズちゃんだってそう、随分と楽しくやってるみたいじゃないか。そんなのはおかしい。人のルールに則って生きていけない奴らこそ、目玉を抉り取られているべきだ。だってどうだろう、どうせ同じものなんて見えやしない。それならそんな二つの球体はあるだけ害だ、人間を愚弄する産物だ。 王子様なんて諦めなよ。俺にだって愛せないんだから。化け物は化け物らしく一生床を這いずり回って生きれば良い。人間の中に入ってこられるだなんて、ましてや誰か他の人間に愛されようだなんて。 おこがましいにも程がある。 パチンと手の中でナイフを閉じ、ひらひらとコートの裾をはためかせながら立っていると、それまで黙って聞いていたシズちゃんは急に楽しそうに笑いだした。いやだなぁ、いやだ。とっても気に入らない。 満面の笑顔と言っても良いような大笑いがひとしきり収まった後、シズちゃんはまだ痙攣している腹を片腕で抱えながら俺の方を向いた。 遠くの方で馬の嘶きに似た悲鳴が上がる。携帯電話の液晶は淡々と時刻を表示している。また今日を終える時間が来たようだ。暗闇に赤い目が光って、薄汚れた黄色い布が風で飛ばされてきた。地上は真っ暗で、ときおりさざ波のように人々の話し声が聞こえてくる。車のヘッドライトが眩しくて目を細める。それらはゆらゆらと、まるで深海を泳ぐ魚のように揺れていた。 「おい臨也ァ、知ってるか?この街にはなぁ」 いつの間にかのぼってきた男から繰り出される、凶悪な二本の指を眼前すれすれでかわしてそのまま後ろへとダイブする。身体に絡まる無数の影を感じながら、まったく新羅は良い女を手に入れたものだと感心する。 「化け物しか棲んでねーんだよ。」 時刻はちょうど十二時をさしていた。 |