※学パロ
※ロスアルのようなアルロスのような
※ロスさんが比較的しっかり恋してる



 アルバさんはきっかり23分で風呂を上がるそうだ。そんなどうでもいいことを、彼は神妙な面持ちで告白した。
「冬って寒いだろ。だからボク、暖房をつけて風呂に入るんだけど、あがったときにはいつも残り時間が7分なんだ。暖房の、きれる時間が。」
 ふぅん、と彼の教科書に落書きをする手を止めずに相槌を打つ。消すの大変なんだからやめろよな、と言う彼が、先週書かれた文字を消せずにいることを俺は知っている。
 俺はアルバさんのことが好きだ。友人として。家族として。いずれはなってみせる恋人として。色々な好きが溢れていてタッパーに密閉しても出てきてしまう。こぼれた愛情はみんな違う色をしていて、その多さ故に疑ってしまう。本当は友情をこじらせただけで、いざ付き合ってみたら躓いてしまうのではないだろうか。
 それでも彼の教科書に悪戯を施したのは、やっぱり確認したかったからなのだろう。
 好き。
 そう思う俺は間違ってますか?



23


 その日はとても寒くて、雪さえ降っていた。靴下とジャージの隙間から入り込んでくる空気はまるで氷のようだった。あー、とか、うー、とか言いながらもぞもぞと布団の中で身じろぎをする。出たくない。アルバさん暖房つけといてくださいよ。アルバさん朝ごはんも。っていうか一瞬で着替えさせてください。じゃないと俺は布団から出られない。
「何言ってんだよ、ほら早く出ろって。」
 まず口に出していたことに驚いて、それから返答があったことに驚いた。そう言えば昨日は彼の家に泊まったのであって、ここは彼の家なのだった。寒さとは別の理由から永遠に布団から出たくなくなって枕に顔をうずめていると、上から呆れたような溜息が聞こえた。
「暖房はついてるし、朝ごはんもあるよ。パン焼いただけだけど…。」
「寒いんです。」
「それはボクも同じだよ。寒いなら風呂でも入れば?湯ざめしないようにしないとだけど。あぁ、そうしよう。ボク入ってくるから、それまでに起きて着替えとけよ。」
 ようやく腕を布団から出して、枕元にある自分のスマホを見る。七時半だ。おかしいだろ。どうして朝からあの人はあんなに元気なんだ。こんなのまだまだ寝てる時間だ。少なくとも、俺にとっては。
 空いた空間から遠慮なく冷たい空気が入ってきて、布団の中でぐるぐると回り出す。足先をすり合わせると靴下が脱げた。
「無理無理これは寒いだろ寒すぎるだろふざけんな。」
 結露した窓の外は風雪がひどかった。そういえば昨日の深夜、まどろみの中で雪が積もる音を聞いた気がする。あの時アルバさんはどこで寝ていたのだろう。あぁ、自分がベッドから蹴り落として、すごすごとソファに引き下がったのだっけ。家主なのに。
 指先が冷たくて、なるべく自分の肌に触らないように着替えをした。スリッパを履いて、体をすくめながら洗面所へ向かう。蛇口はのてっぺんは水色一色だ。銀色に光る金属には水滴がついている。袖を引っ張って蛇口をひねると、一瞬で空気がさらに冷たくなった。
「水とか…無理。」
 家に帰りたい。家に帰ればあたたかいお湯も出せるしそもそも休みなんだ、布団から出なくたって良い。こんなに寒いなら泊まらなければよかった。毎回そう思っては毎回泊まるのだから、諦めて水の中に手を突っ込むと、やっぱり帰りたくなった。
 狭い台所に駆けこんでやかんでお湯を沸かす。ガスコンロの火がチッチッチッと三度焦らしてボッ、とついた。すぐには暖かくならないやかんの前に手をかざし、寒さに耐えかねて手をひっこめ、そういうのをおよそ5回ほど繰り返した頃にやっと申し訳程度の温もりが手のひらに伝わってくる。無造作に貼りつけられた磁石型のタイマーを見ると起きてからまだ9分しかたっていなかった。
「遅…。」
 アルバさんも、やかんも遅い。壁が薄いからシャワーの音が響いてきて、一人じゃないような、それでも一人なような、そんな変な気分だ。彼はきっかり23分で風呂からあがると言っていたから、つまりまだ10分以上は時間がある。その間に自分がすることと言ったらせいぜい沸騰したお湯でインスタントコーヒーを作ることだ。そういえば朝ごはんがあると言っていたっけ。見ればトースターから三センチほど覗いた食パンが二枚あって、つまんでかじれば少し焦げた味がした。
 自分のではない家で、自分のではない皿で、自分のではない食パンを食べている。それらの本来の持ち主はさっさと風呂に入っていて、客人をもてなすどころか放置している。それを少しくすぐったく感じてしまうのだから、多分これは重症だ。重症ついでにもう一つ言ってしまうと、たかが23分をこんなにも待ちくたびれているのだから、もう救いようがない。
 この家は所詮学生向けの格安アパートの一室で、音は響くし、狭くて、コンセントをさせる場所だって少ないし、冬は寒くて夏は暑い。当然だけれどもアルバさんの物がたくさんあって、(当然じゃないのかも知れないけれど俺たちの間で当然だと言うならば俺の物も多少はあって)そのひとつひとつが彼の存在・不存在を主張してくる。
 彼がいつも使っている鞄をひっくり返して、中のものをすべてばさばさと床に落とした。多分このどれもに俺は触ったことがあって、あるものには無駄に多い折り癖をつけたし、あるものには蛍光ペンですべての箇所に線を引っ張ったし、あるものには―。
「奇妙奇天烈摩訶不思議。」
 どういうことですか、これ。と、指先でページをはじく。以前に書いた戯れの心中を消せずにいることは知っていたが、赤ペン先生の添削が入っていたとは初耳だ。
 好きの文字には彼の使う赤いマーカーで乱雑に丸がされていた。じわじわと顔に熱が集まってきて、答えを聞いたわけでもないのにむずがゆい。
 断続的に響いていたシャワーの音はいつの間にかやんでいて、代わりにピーーーッ、と沸騰を告げる音がする。あと2分と言ったところか。待ち切れずに風呂場のドアを開けると、中から蒸気があふれてきて、肌をじんわり濡らした。
「わっ、ちょっとロス何すんだよ!って寒っ!」
 腕を交差させて体を隠すアルバに、処女ですか気持ち悪い、と侮蔑の言葉を浴びせてから口ごもる。処女じゃなかったらちょっと、困る、から。
「おっそいんですよ。風呂、あがってくるの。」
「あ、ごめんごめんロスも入りたかったよね。」
「じゃなくて。」
「ん?」
 察しの悪い男はこれだから嫌だ。この人こんなんじゃ本当に彼女できないんじゃないだろうか。こんなんだから自分のような変な男がひっかかっちゃうんじゃないだろうか。
「待ちくたびれたんです。たかが23分、待ってられなくなっちゃったんですよ。」
「ちょ、え、それってそ、んなに…。」
 寒かったの?首をかしげて聞いてくる彼に、いましがた沸騰したばかりのお湯をぶっかけてやろうかと思ったのは秘密である。