窓は鍵までしっかり閉められていた。今は何の音にも、光にも、空気にさえも邪魔されたくなかった。外ではおそらく、冷たい風が隙間から入り込もうと躍起になっているのであろう。でも隙間なんてない、なかった。そんなものを残しておく余裕なんてかけらだってなかった。
 あのあと放心したユキを抱いて、夏樹が言った。
「ごめんな、俺あれうそだった。本当はずっと、お前のことぐちゃぐちゃにしたかったんだ。遅いかな、遅くないよな。だって俺たちだぞ、遅いわけないだろ。ユキ。もう、一人で我慢しないで。」
 近づいたって、お互いの顔はよく見えなくて、でも案外それくらいでちょうど良かったのかも知れない。鼻がぶつかりそうになるくらいまで近づいて、頬に優しいキスをした。
「昨日泣いたなんとやら。」
 と、夏樹が意地悪そうに笑う。
「うるひゃい。」
 頬をつねられて、むくれたまま答えた。
 手を繋いで向かい合って、俺たちは何度も何度もキスを繰り返す。かわいらしいものから、荒々しいものまで。まだ二人とも距離をつかみそこねていて、たまに歯をぶつけては苦笑いをした。
 次第にそれでは足りなくなって、ただ口をぶつけて、食いちぎるような、遠慮も雰囲気もまるでないキスをした。唇なんてとっくに切れていた。ガチガチと噛み合う互いの歯のせいで、口内も散々に傷つけられていた。苦しいはずなのに、どちらも我を忘れてこの行為にふけっていた。離れればまた必ずどちらかが唇をくっつけた。唾の味もわからない、唇もひりひりして、感覚は曖昧になっていった。
「っ、いった…!」
「うん、痛くした。」
 笑った振動が身体に響いた。大きな手で背中をさすられた。夏樹の肩口にがぶりと噛みつくと一瞬身をすくませて、いてぇよ、と文句を言われた。
「そう言えば、夏樹の顔見てやるの初めてかも。」
「あ、本当だ。大丈夫か、ユキ。」
「うん、今度こそ、ね?」
「あぁ、今度こそ、優しくする。あ、あともう一つ、気持ちよくする。」
「それは…ほどほどに…。」
「善処致シマス。」
 背骨を指がなぞっていって、上から一つずつ崩されていくようであった。尾てい骨のあたりに指があたったとき、夏樹がふふっと柔らかく笑った。ユキの首筋に吸いつき、くすぐったいからやめて、という静止の声も聞かずにそのまま耳の裏まで舐め挙げられた。
「うぇぇ。」
「なんだよやな声出すな。」
「だって気持ち悪いんだよ、うわくすぐった、んっ!ちょ、あぁ、あ、もう、変な声出た!」
「んー、この調子だったら入るかな。」
「やめてよそんな簡単に。物じゃないんだから。」
「へいへい。」
 笑いながらも夏樹はひどく真剣な目つきだった。こめかみに汗が流れる。口を微かに開いて、そこからもれた息が熱かった。
 ローションをつけた指を、遊ばせながら皮膚を撫でる。くぼみに指がいきついても、しばらく浅い部分をなぞってははずし、肉体の弾力を楽しんだ。指の腹で優しくニ、三回表面をたたいて、もう一度くぼみに指をかけた。ゆっくりと沈み込んでいく。異物の侵入を少しずつ許すたびに、失敗、というニ文字がちらつく。 それでも必死に呼吸を整えていると、夏樹が後ろから、大丈夫、と囁いた。
 夏樹の肩と首にしがみついて、眉根を寄せた。長い時間をかけて自分の中に一本ずつ夏樹の指が入っていった。先程より余裕のない声で気遣う声が聞こえる。曖昧に返事をして、腹のあたりを無理やりに見ればしっかり感じているようで安心し、身体の力が抜けたのか内部に指が触れ、びくん、と腰に電流が走った。
「ご、めん夏樹、ちょっと。」
「あ、痛かったか。」
「ううん、違う。夏樹、夏樹。」
「何だよ。」
「い、挿れて。大丈夫だから、というかその、ごめん。…欲しい。」
「ば、ばっかじゃねえの!」
 きっと自分よりもよっぽど真っ赤であろう彼の顔を見て、心底愛おしいと感じた。